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2013年10月16日水曜日

よく死ぬ事はよく生きる事だ

タイトルは乳がんで亡くなった千葉敦子さんの本のタイトルから。

アンパンマンの作者であるやなせたかしさんが亡くなった。
心不全といっているメディアがおおいんだけれども、ちらっと癌だったっていってたところもあった。そして本人は知らなかったんだとか。

2013年4月12日金曜日

生きてますよー/今までの大体の経過

気がついたらこの間の投稿から一ヶ月半もたってるじゃないか!

正直遊ぶのに一生懸命で毎日毎日今日は何して遊ぼうかな?!ってすごしてるからあっという間に時間が過ぎちゃう。

で、今日までどんな感じだったかっていうと、
先日ブログ書いたあたりではまだ傷も痛かったし、背伸びするとうちっかわがつる感じがあったり、階段上るのも「どっこいせー」って感じが残ってたんだけど、今はすっかり前と同じ感じで動いてられます。

この間久しぶりの診察で病院行った時、地下鉄乗り継ぎでおもわず走っちゃったよ!
そして走れる!って喜んじゃったよ!
人間の体ってすごいねぇ。おなか切って臓器取り出してから3ヶ月くらいで走れるようになるよ!

うちの相方も「臓器取っちゃっても生きてけるってなんだかすごいねぇ」っていってたけど、ほんとだよー。

そして、術前の腫瘍マーカー51もあったのが、1/11の途中経過では2.8に下がってて、先日の診察では1.6まで下がってました。

取り残しのリンパ節腫瘍部分が治療中に半分くらいになっているってきいてたんだけど、これだときっとちゃんと消えてくれてるんだろうなぁ。

来週CTとって来ます。

楽しみー。

いつも術衣の主治医が白衣着ててびっくり。「医者っぽいやろ」って。
医者でんがな。

そしてぼちぼちとヨガのセルフプラクティスを開始しています5月には東京までヨガのWS行く予定にしちゃったし、ちょっとずつ前の体にしていかねばっ!

ハムストリングがっちがっち、股関節もギリギリいってるー。
無理するとけがするからちょっとづつ毎日。

隣に住む義母が顔をあわす度に
「調子悪そうやー、顔色悪いわー」
って言うんですけど、それ多分ノーメークだからかも、、、。
実際の私は、退院時ケモラジのおかげで50kg程度だった体重が58kgになっちゃってるよ!
8kg増だよ!
体重いはずだよー。

ま、そんな事で義母とはあんまり顔合さないようにしていたり。
いい人なんですけどねー。
こっちが気を使う事もないだろ、この際ってことで、知らんぷり中。
子供たちも大きくなったからお願いする事もないしね。


2013年2月24日日曜日

病気になるってめんどくさいね。

病気っていうか、「ガン」になるってめんどくさいね。

ガン=死 みたいなところあるから、気を使われちゃう事も結構あるし、こっちが気を使う事もあるし。風邪とかなら「風邪引いたー、治ったー」とかそんなんでいいのにー。

一番めんどくさいなーって思ったのは、野良猫の子を保護してる知人から何度かもらってよーみたいなことを冗談まじりにいわれたときに「うちもうキャパいっぱいだしー」とか言ってたんだけど、実際のところ自分がそのコが天寿を全うするまで生きてられるのか?っていう保証がどこにもないっていうか、ガンになってない人に比べたらものすごく不安定な状況にいるわけでそんな状況でうちで飼うーとか言えない訳で。

でも、それを口に出しちゃうとどん引きされるのわかってるから言わなかったんだけど、この間あんまり何回も言われるから「今の状況だとちょっと考えられないかなぁ」とゆるめに言ってみた。

そしたら案の定みんなだんまりになっちゃって、なんかもう私どーしたらええねんみたいになって。

そのときほんとにガンって病気はめんどくさいわねぇって心から思った。

ほかにも「これって言ったらまたみんなだんまりになっちゃうわね、、、」みたいなNGワード結構あるしねー。自分のなかではそんなに深く考えてないんだけどねー。

それから、弱音を吐かないって良く言われるんだけど、弱音ってなんだー、と時々思うんだー。

なんかこれもちょっとめんどくさいねぇ。(o´∀`;o)aポリポリ
人から言われるのっていうよりも自分がね。
弱音って、もうイヤだーって言っちゃう事なのか、ガン怖いよーと言っちゃう事なのか。

もうイヤだーって思う時は多分死ぬ時じゃないかなーと思ってるんだけど、治療に耐えられないからもういいですー。みたいな。

がん怖いよーとか死ぬの怖いよーって言って命が助かるんならなんぼでも叫ぶけど、そうじゃないなら叫び損なような気がするから叫ばない。

多分、そんなに深く考えてないだとおもうけどね。目先の事に一生懸命になってるから。
今日どうやって楽しんでやろうか、みたいな。

実際余命先刻されたら泣いちゃうだろうけど。

こんな事考えないといけないって、ホンとめんどくさい。
動物占いではコアラなんだけど、こういうところコアラっぽいよねぇ(笑


ケモラジ無事終了ー

って、すっかり2週間以上も経過してますが、、、、。

自分がガンだって事忘れそうになりますー。
次の診察忘れそうで怖い。

ブログ書かないせいかFaceBookで最近「どうしてんの?」って声かけてくれる人が何人か。

ありがとうございますー。元気にしてますよー。

治療終了したのが2/7だったんですけども、おなかの傷あとも、見えてるところは順調に回復してるかんじだったけど、体の中の方の縫い目の糸はまだまだ固い感じで伸びをするとつるような感じがあったんです。

でも、今日久しぶりにヨガのアサナ、ハーフウッターナを壁に向かってやってみたら気持ちよくのびる事ができる!

おおー!

主治医は「体は勝手に治って行きます」っていってたけど、ほんとねー。

春までに自分の練習ができないんじゃないかなー?って思ってたので、ちょっと安心。
とはいっても寒いと体の中がシクシクしちゃうので、じんわりだけども。

2013年2月3日日曜日

熱が出た!

25回の骨盤内全照射は無事に終わったけど白血球数ががっくり減ってしまって、ここからまだ下がるようだったら白血球増やす注射しないとダメかもと言われ、流石のノンビリ主治医の口からも「人混みに行かんといてね」の言葉が。
そして、万一熱が出たらすぐ病院来てね!と言われて帰ってきた。
それが、金曜日のこと。
その夜、次男が発熱。
土曜日の朝病院行かせてインフルかどうかの検査をしてもらったけど、インフルじゃなかった。
熱もすぐさがったのでただの風邪だったみたい。

しかし、今度は私が発熱、37.7-37.8というとっても微妙なところ。
病院に電話しなきゃー、でもこれで入院とかなったらいややーと言いつつ何度も計り直している私を見て長男が
「何としてでも自分に熱があるのを認めたくないんやなwww」と
そうですー。
病院は安心で快適だけどやっぱり帰りたくないです。帰ったらいけない場所なんです。

そんな感じで2時間ほどグズグズやってて、とうとう諦めて病院に電話。
婦人科の当直看護師さんにつないでもらってどんなもんか聞いたけれどもやっぱり微妙なところ。手持ちのロキソニンとPL飲んでもいいかどうかを確認してもらって、OKもらって一安心。

今朝は熱も下がってたんで、やっぱりただの風邪だったのかも。風邪でもこの時期やっぱり恐ろしい。しばらく大人しくしっていよう。

2012年12月2日日曜日

ガン家系

さっきのブログで父親がガンでなくなったって書いたんですけど、実は私の父方母方にガンの人おおいんですよね。

父親ー肝臓がん(わかったときには末期。糖尿病の合併症あり。手術不能)
父親の妹ー子宮がん(たぶん子宮頸癌。全摘+放射線(化学療法も?))

母親の父親(祖父)ー60代で胃がん/70代で肺がん/80代で大腸がん(すべて原発。最後のガンだけは治療拒否して緩和治療のみ)

母親の母親(祖母)ー子宮がん(たぶん体ガン。全摘のみ)

これだけいるんだから絶対いつかなるとおもっていたんですけれども、やっぱりなりました。(じゃぁ検診もっとちゃんといけよ!ってことなんですけどね。汗 ほんとこの5年さぼったのは強く反省しています)

ちなみに手術不能だった父親以外は再発無しです。
祖父は亡くなってしまったけれども、手術してたらまだ生きてたのかなあなんて思ったりしています。
叔母と祖母は今も元気です。

手術できるガンで亡くなった人がいないので、ぼんやり私もだいじょうぶだろーっておもってるんですよね。根拠無くw

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相方の方は義母の祖母が大腸がんでストマつけてたそうです。
義母が小学生のときっていってましたから、何十年前?!
それでもずいぶん長生きされたそうです。

義母もほんの初期の食道がんが胃カメラ検査のときにみつかって手術しました。内視鏡でちょこっととるだけの手術だったので、再発もなし。今も元気です。

こうやってみるとうちの息子たち、ずいぶんガンになる可能性たかいかもー。

今からきをつけるように言っておかないと。


2012年12月1日土曜日

入院準備最後の追い込み

なにを追い込むねんw ってかんじですが。

私がいない間の犬猫グッズやら、一時帰国してくれる相方が年末までに再度ドイツに一度帰らないといけないのでその間の息子たちの為の準備やら、1ヶ月いないかもしれないので自分の身の回りやら。月曜日のお昼過ぎに相方帰国なので、月・火でいろんなことの引き継ぎやらねばなんだけど、ちゃんとできるかな。5年以上この家にまともにいた事ないからさぁ。

とりあえず、犬猫グッズ(フード、トイレ関係)は私が退院してからも重いものもつのはおっくうかもと思うので3ヶ月くらい大丈夫なくらい準備してみました。
家の隅にうずたかく積み上がるフードとトイレ関係グッズ。なだれて来ませんように。

相方いない間は、長男はもう成人してるんで長男に全部任せたいところなんだけど、まだ学生で実験などで遅くなったりする事もあり、とりあえずカップラやらサ●ウのご飯やらインスタントみそ汁やら缶詰やら冷食やらを購入。あとはコンビニがあるやろ!ってことで。外食でもいいしね! 

高校生(一応受験生)の次男と二人なんとかのりきってくれぃ!洗濯しろよ!
つか、一人暮らし風味が味わえていいじゃんね。たのしんでくれ!この際だから。

あとは二人がちゃんと犬猫の面倒をみてくれますように。(>x<)☆ オネガイー 




火曜日に美容院の予約を入れて髪を切ってくるので、ただいまヘナ中。とりあえずこれで一ヶ月くらいはみっともなくならないはずー。


2012年11月27日火曜日

自己血四戦一勝三敗/石切さん参り

惨敗でした。

結局もどらなかったー。
なんでやろー。
やっぱり下からジワジワ出血してるからかなー。

今日は担当医の先生とお話したのだけど、ちょっとした事で笑顔になってその笑顔にキュンとなったりして。理系男子のハニカミ笑顔によわいんですよ。
ちなみにうちの男どもは全員理系男子(次男もそうなるはずなんですが、、、、、)です。結局のところ「お母さんとして息子溺愛!」っていうただの馬鹿親なんかもっ!てへ。

それはおいといて、お医者さんが笑顔になってくれると病気も切羽詰まってないんだー、まだ大丈夫なんだーって安心できますよね。

主治医の先生(男性)もものすごい威圧感あるけど所々お茶目でかわいいんですよ。
入院中にもっとお茶目なところが見られるといいけど。
病期がさほどすすんでないことがわかって「よかった、、、、あ、いやガンになったのはあんまりよくないけど」ってつぶやいたら、「そうよーん♪」っていって手をおばさんがするようにちょいっと招いてみせたときは、ありゃー、と思いました。


そんなわけで採血できたのは最初の1回目だけで400ccのみ。

先生に出血量少なくなるようにゆっくりやりますからーって言ってもらって安心。

雨降ってるけど、時間もあるし、体調もわるくないから帰りに石切さんまで足を伸ばして帰ろうって思い立って行って来ました。


あまりのモダンさに一回通り過ぎてしまった石切さんの鳥居。

お百度石があって、お参りしている女子二人。

雨のなか、お身内かお知り合いの健康を御祈念されているんでしょう。

石切さんはデンボ(できもの)の神様なのです。

お百度されるということはよっぽど親しい方なんだとおもいます。

その方が平癒される事を心から祈りつつ、私も自分の手術の成功と、次男の受験の成功(?)をお願いして来ました。
って二つも贅沢過ぎ?!


そして帰りにミスドって、よく考えたら夕方じゃん!帰ってご飯食べないといけないのに!って反省しながら帰りました。

もちろん晩ご飯もがっつりいただきましたよ!

2012年11月24日土曜日

このブログを書いている意味

自分が寛解して、あのときどうだったかなーと思い出すためと、自分がこの病気になって情報を集めるためにいろんな人の闘病ブログを読んで勇気と知識をもらえたから、この後ひょっとしたら同じ思いでネットを巡る人の為に。

てか、みんな検診いこうぜ!

私は5年もサボってた。涙

その5年がこれまた人生で一番しんどかった時期(精神的に。実家の倒産とかそれで実家の兄弟たちとうまく行かなくなったりとか、いろいろ)だったので、なるべくしてなった!って感じなんですけど。

病気になっていろいろ「よかったんじゃない?」と思えることもあるんだけど、やっぱならないのが一番いいよ。

得る物もあるけど、失う物もあるからね。

私は子供も産んでてもはや更年期で子宮や卵巣に何の未練もない年齢だけど、そうじゃない人もいっぱいいるわけで。

しかもさー、しなくていい痛い思いしたり、これからしばらくちょっとしたことで「再発っ!?」とかおもってじたばたしたりなんてこともあるわけじゃないですか。

そんな思いはしてほしくないなーと。

11月は子宮頸癌撲滅月間だそうなので、ここんとこタイムリーにTwitterのTLにも子宮頸癌ワクチンの是非を問うTLが流れてたりしますが、唯一予防できるガンなんです。
(腺癌とかはできない可能性があるらしいですが。)

なのでみなさん検診とワクチン、受けてください。

同情とか共感とかもしてほしい訳じゃないです。

最初にかいたけど、自分の為のメモと、これから悩むかもしれない人のために書いてるだけだから。

同じ病気の人に「がんばりましょうね!」と言う訳でもないのです。
みんながんばってるだろうから、今更そんな事言う必要ないとおもうのですよ。
これ以上何をがんばれって言うのさw 

みんながんばってる!

もしも、私が同病の人のブログを読んだとしたら、黙って心の中でその人をハグして背中をぽんぽんしてあげる、なんて書いたらきもい?!

ま、そんな感じです。




心の支えと葛藤

支えが必要か?ってくらい能天気に病気と向き合っているかんじなんですけど、深く意識はしてないけども相方と子供、それから義母や義姉、友達に支えられてるんだろうなぁ。

病気になってその病気がつらくて泣いた事はないけど、人の心の温かさに感激して泣いた事は何度もあるから。


友達、、、、というか知人に関してはこれからもつきあって行けそうなひと、そうじゃない人がきっぱり見えてきましたね。

これも病気にならないと見えてこない事だったかも。

縁も物もそうですが、「なんとなく」で置いとくものって結局自分には必要ないものなのかもしれませんね。

Facebookでちょっと愚痴りましたが、リアルな知り合いにはこの病気の事あんまり言ってありません。ほんの数人なんだけども、明らかに「汚いもの」を見るような目つきだったり、でも、なんだろう、妙に気を使われていてそれがどういう心情からなのかが全く読めないって言う人がいました。

元々噂好きな人だったし、なんとなくちょっと今まで自分が仲良くして来た人とはちがうなーと以前から思っていたんでこれをきっかけに疎遠になるんでしょう。



2012年11月22日木曜日

惨敗な自己血貯血

精密検査が終わってから自己血貯血の為に毎週病院に行ってるんですが、とれたのは最初の一回だけであとは貧血で貯血できてない。。。。

今まで一度も貧血とか言われた事なかったのにっ!

じわじわと下からの出血がきいてるのかなー、とおもったけど、最初の日だって同じくらいの出血量なんであんまり変わらないよね。

増血剤などを打ってもらったり、鉄剤を飲んだり、食べ物を工夫してみたりしてるのに2週連続で貧血ですよ。

まー、あんまり深く考えても血は増えたりしないので、考えるの止め。貯血2回目でとれなかった時はちょっとイラッとしちゃったけど。

貯血3回目のときに鉄剤を朝晩にしてもらいました。
後は毎食肉!肉!肉!

告知までの1週間で2kgやせたのにあっという間に取り戻しました。
ヤバいです。ハラが。
手術のときに脂肪が邪魔するっていうからあんまり太りたくないんだけどー。

とりあえず来週月曜日がラストチャンスなので、あとちょっとがんばって血を増やす努力をしまーす。

精密検査

2012/10/22

この病気になったと思った時からさんざん検索していたので、この日やるであろう検査の内容はだいたい分かってました。

コルポ診と組織診(パンチ生検)のはずだったんですが、診察台にあがってクスコで広げて中をみるなり「パンチしません」って言われました。

激痛かもしれないのを覚悟して行ってたので、一気に気が抜けました。

コルポで見ずとも見た目にわかるガンだったということと、細胞診ですでにSCC(上皮偏平ガン)のクラスVがでているので出血してしまうの分かってるのにする必要ないって事みたいでした。

電子カルテなので、先生が書き込んでいるのが丸見えになっていました。

そこに書かれた2a?(ステージ)という文字。骨盤内浸潤は否定的などの文字をみて、ひょっとしたら末期なんじゃないか?なんてこと思っていたので、少し安心して次回のMRIやCTの予約をして帰路につきました。

この日、2aってかいてあったものの、先生自身は1bだと思ってるっておっしゃいました。正直飛び上がるほどうれしくて安堵したなー。

私はIII期だったらどうしようかーとおもってたんです。というと
先生が「あー!ないない。それはない」と。
ちょっと子宮の翻転部のところが固いんだよなーそこがねーとおっしゃってたので、そこんとこだけ微妙にもやもやしつつ次の検査を迎えたのでした。


2012/10/29

MRI検査


狭いところ嫌いだし、怖いかなーとおもってたんですが、骨盤部の撮影のためか頭はほぼ外だったので全然怖くなかったです。
ずっこ!ずっこ!ずっこ!ずっこ!って音がタテノリしたくなりましたよ。(つぶやいたけどねw)
で、腫瘤は4.3cm 残念ながら1a期はすぎてたけど、多分1b2じゃないかな?とのことでした。
やっぱり1期かもしれんよ!
2期と1期は生存率10%ほど違うからねー。やっぱ気になるよね。

膣壁浸潤があるかないかを放射線科に問い合わせてるんだけど、なかなか返事がないから 明らかにあるわけじゃなくて微妙ーって所なんだと思うと。主治医の先生の長年の経験と感でいくと広がってないと思うよと。
ただ、癌が前にでてきてて膀胱の近くにあるので浸潤してるかどうかを膀胱鏡でみるらしい。なんかちょと痛そう、、、。 MRIの様子だと多分大丈夫だとおもうけど、かなり近い位置にあるそうで。
これ放置しておいたらとおもうとぞっとしますな。

主治医の先生に浸潤していたらどうなるんですか?ってきいたら「摘出するかどうかは泌尿器科がきめるからねー」ってさらっと。
ええー!摘出?! 人口膀胱?!浸潤してませんように。
生活には不自由無くても(いやちょっとあるか)ヨガ出来なくなるのはいやだー。 と思いつつ、そうなったら瞑想でもいいじゃんとかおもったりな。

病気になって失う物もあるけど、得る物の方がめっちゃ多いことにも気づいたり。 ほんでもって今日は放射線技師さんが可愛くてときめいた。
息子くらい若いけどね。


ほかの闘病ブログ読んでるとMRI、CT、膀胱鏡、直腸検査はセットみたいな感じだったんだけど、私がいった病院ではMRIの結果、怪しければ膀胱鏡、直腸検査ってことみたい。MRIは最新式で今年の4月に入った画像解像度の高いものだからできることなのかなー。

2012/10/29

この日にCTと膀胱鏡だったのかなー、、、。
ほんの数週間前のことなのに覚えてない汗。

膀胱鏡はこれまた「激痛!」って言う人と「そうでもなかった」人がいて、激痛でありませんように!と祈りながら診察台に。婦人科と全くおなじ診察台です。

泌尿器科も一緒なのねー。
婦人科と違うのはおっちゃんたちもこの診察台で検査されるってところね。

ところどころチクッとした痛みはあったけど我慢できない痛みじゃなかったです。よかったよー。


そして全部の検査がおわって、結果Ib2期と診断されました。ただし、リンパに2カ所張れている場所があるので、転移かもしれないと。
その場合は術後病理の結果出次第照射はじめます、って言われました。

年末年始、どうなるんだろうー帰れるのかしらー。
先生にその事をいうと、「そのとき考えましょう」
まぁそうか。いま考えても始まらんわなー。

と、いうことで後は自己血貯血と手術に向けての麻酔科の先生との面接くらいかな。




2012年11月4日日曜日

告知の日

2012/10/15

私の48回目の誕生日の翌日。
かなりドキドキしながらクリニックへ向かった。

この週、ほんとにたまたまなんだけれども欧州単身赴任中の相方が帰国していて、こんなことなのでクリニックで検査をしている、その結果が今日出ると言ってあった。

相方は会議中だけども、結果が分かったらメールしてっていって出勤して行った。

クリニックの受付に向かうとなんと、高校のPTAで一緒の人が。ちょっとドキッとしたけどもにこやかに挨拶。

最初きた日よりも待ってる人がすごく少なくてどうしたんだろうなー?と思っていたのですが、どうやら私の為に大幅に予約の数を減らして時間を取ってくださっていたようです。

そして診察室に呼ばれて検査結果を聞きました。

細胞診クラスV(SCC 上皮偏平癌細胞を認める)みたいな事が書かれていた結果の用紙をもらいました。

あー、癌なんだー、私。やっぱりね。でもなんで私が?そんな思いが頭の中をぐるぐるしました。

初診の日からこの日まで多分そうかもとおもっていたのでさんざんこの病気の事を調べてました。上皮偏平癌は腺癌と比べて予後がよいとかそういうやつ。なので上皮偏平癌なのか腺癌なのかがこの細胞診で分かるのかどうかを何度も先生に確認しました。

闘病ブログ等では組織診をしてからはじめて癌の組織型が分かる事が多かったのですけれども、私の場合はすでに細胞診の段階で上皮偏平癌の細胞がでちゃっていたので、多分ほぼ間違いないと思うよ、と言われました。

それでひょっとして腺癌なのかも?と思っていたので少し気持ちが軽くなりましたが、次の病院で組織診をしたら線上皮偏平がんなんて事もあるかも、、、とまたよけいな事を考えたりもしました。調べ始めたら悪い方へ悪い方へと考えが行っちゃうもんなんですね、、、。


実は初診の日にもし紹介してもらうことになったらうちから近い府立の総合医療センターみたいなところにして欲しいです、って言ってあったんです。でも、いろんな闘病ブログをみたりしているうちに、これって治療先を簡単に決めてしまえるほどの病気じゃないんだと気がついて、じゃぁどうしたら良い病院にあたるだろうか?自分の納得いく病院にあたるだろうか?と考えた末に、クリニックの先生に「ご自身の奥様をこの病気で託すならどこを選びますか?」って聞いてみました。
自分でもなかなか気が利いた質問だと思いました(苦笑)

そうすると先生はご自身が開業まで努めていた病院の名前と(クリニックのwebサイトの自己紹介のところに書いてありました)、もう一つN病院という名前を挙げられました。

このN病院、この時まですっかり忘れていましたが20年以上前微熱が続いてなかなか体調回復せず、そのときつとめていた会社の女性の先輩に「婦人科系ならN病院がいいから言って見れば?」といって勧められた病院で、通った事があるのです。

その時は婦人科系がいいよといわれながらも内科での受診だったのですけれども。

その事を思い出し、また、この病気で手術の上手な先生はどなただと思いますか?とクリニックの先生に聞いたところまたもやN病院の部長先生という答えが返って来たので、これはもうここしか無いとおもってN病院の紹介状を書いていただき、部長先生の診察日にクリニックから予約を入れてもらいました。

予約の確認と紹介状を待っている間に待合室で座っていましたが、例のPTAで一緒の方がなんだかちょっと落ち着きないかんじで、できるだけこちらを見ないようにしているのが分かってちょっと申し訳なかったかも。

こういう時って当事者よりも周りの人が以外と困っちゃう事もあるものなのかもしれませんね。

待つ事20分くらい。

紹介状等一式もらってクリニックを後にしました。
紹介状をいただくときに、「N病院で取りきれたと思ったらこちらに返されるかもしれません」と言われました。その言葉が「そんなに病期がすすんでる訳じゃないから」って言われているような気がしてちょっとほっとしました。
ぶっきらぼうな感じの先生でしたが、こちらの心配している事を根気よく説明してくださってほんとによかったです。

相方へは紹介状を待っている間に「癌だった」っていうメッセージを送っておいたので、これから先の治療計画が立ってない状態ではありますが、会社へも看病の為に手術の日前後の休暇を取る事等を事前に連絡してくれたようです。(ありがとうね。)

今は一通り検査がおわって、来週から術前検査と自己血採取になるんだけれども、今思えばこの告知までの時間が一番気持ちがしんどかったかも。

mixiの日記にさんざんいろんな事を書いたし。




2012年11月3日土曜日

初診の日

2012/10/9

予約無しでしたが割とスムーズに診察してもらえました。

この日までそんなに出血もしてなかったんですが、なぜかこの病院のトイレで微妙に出血し始めました。さらに内診で大出血。先生にこれでよく貧血にならないねぇ、と言われました。タンポンつめられてましたが、そんなもの関係ない!っていうくらい出血。今まで体験した事のない量だったので、これはやっぱりかなり怪しいと自分でも思ってました。

内診のほかに経膣プローブでの超音波診断やクラミジアの検査、子宮頸癌の細胞診など一通りの検査がされてました。全く説明はなかったけど、明細に書いてあったのを帰宅してからググって理解しました。

内診の部屋から診察室に戻った時、先生の顔に「あまりよろしくない」みたいな表情がありありと。そして「検査の結果によってはお住まいの近くの病院にうつられた方が良いと思います」っていわれた。

一瞬????ってなったけど、ようは手術のできる病院にうつってそこで精密検査しないさいよって事なんだと理解した。

ほかの闘病ブログをみたりすると「すぐに○○病院行って!紹介状書くから!」なんて言われてその日のうちになんて事もあったりするんだけど、私は「検査の結果次第ね」っていわれたので、万一癌でもそこまでひどくないのか見分けがつかないレベルなのか?って思ってた。


闘病日記

子宮頸癌発覚して1ヶ月。
病気についてネットで検索して闘病日記を読んだりしてずいぶん励まされました。

私も(あまりあってほしくはないけど)同じ病気になってしまった誰かの参考になれば良いなと思って闘病日記書いてみようと思います。

闘病っていうほど闘ってる訳でもないんですけどね。