タイトルの通り、左足の麻痺はどんどん進んでおり、時々下血する有様であります。
腫瘍がS字結腸巻き込んだからストマになっちゃったんだから、病状進めば下血になるのはしょうがないわけですが、どんどん、病状はわるくなっているんだなあっていう実感です。
でも、まだ普通に動けるから、遊びにはどんどん行こうとおもっています。
いや、フツーに動けるというのはいいすぎだな。
ノロノロではあるけども、歩けるし、動けるので遊びに誘ってくださいなっと。
じっとすわってたりするぶんには全く問題ないので(笑
歩き回るのはちょっとしんどいかもね。
USJにはもうちょっといきたいなぁ。
今はもう今期のショーなどはすでに終了してしまっていて、閑散期にはいっているんだけども、次のショーが始まる時(3月位?)には行きたいなぁ、っていうのはちょっと贅沢かなぁ。
日曜礼拝もできればもうちょっと行きたいなぁ。信者になってすぐ行けなくなるっていうのもどうかと思うもんねえ。
痛みのコントロールはもらった薬でできているのでばっちり?かな?
2015年1月17日土曜日
2015年1月9日金曜日
「モーツァルト!」観に行ってきました!
8日に行ってきました。
友達に席を取ってもらったのだけれども、なんと、前から2列目という奇跡!
半年以上前にチケットとってもらったのだけれども、あの時はまだまだ治療もしてたし、大丈夫だろう!っていう変な自信があったんだよね。
入院した時には、もう観に行けそうにないかな?と思うくらい弱ってたんだけど、なんとか、出歩ける位には元気になりました。
いわゆる、死ぬ前の小康状態ってやつなのか?とおもったりして。
とりあえずは生きてる事を楽しんでおります。
と、言いつつ、さすがに疲れて息子たちほったらかしで寝てたら、二人とも大遅刻して学校いったわ…。やっぱり最後まで母としての仕事はしないとダメね。
自分が生きているという実感と母としての実感はイコールかもしれんから。
もうちょっと、出来るところはやっていきましょう。
2015年1月6日火曜日
まだ大丈夫そう
退院してから一週間ちょっと。
なんだかすごく時間がすぎたような気がするんけど、まだ、そんなもんなのか…。
まだ、寝たきりになったりとかはしてません。すきあらば、出かけてやろうっておもってはいるけども、寒くてなかなか出かけられない( ̄◇ ̄;)
退院してから、堅信式があったり、元日礼拝があったり(っといってお正月だから礼拝があるわけではないのです。ちょうどイエス様命名の日が元日にあたっているのです)、すぐに普通の日の礼拝があったりでバタバターとこの冬休みがすぎてしまいました。
冬休みの間は相方がずっとおさんどんしてくれてましたが、仕事が始まるとそういうわけにいかないので、ボチボチ私がやる事に。
とはいっても、洗濯は夜のうちか、早朝にやってくれているし、掃除はまあ、目立つとこだけクイックルワイパーだし、なんでご飯だけの問題なんですけれどもね。
そのご飯も長男がまだ休みでいるので、横にいてあーだこーだ言うだけなのでそんなに大変でもなく、やっております。
ご飯も入院前よりもしっかり食べられるので、ひょっとしたら入院前よりも調子がいいくらい。
とはいっても、無治療なのでいつどうなるんだろう?って気持ちは心のどこか気いつもあります。
左足のマヒはかなり進んでいてほとんど動かなくなりました。痩せて筋肉が落ちたというのとはまた違う。
この、マヒが進んでいるというのだけを取ってもやはりガンはどんどん大きくなっているのですね…。
ショックだけどしょうがない。
体調はもどってきたから、治療も続けようと思えばできるんじゃないかな?と言う気はする。
でも、闘病ブログを読んでいると、最後まで諦めず、治療法を見つけて、抗がん剤打った2ー3日後に急変して亡くなるなんて事がかなりあるんだよね。
どっちがいいんだろうなぁ、と、悩んでおります。
あんまり悩んでる時間、なさそうではあるんだけど…。
2014年12月30日火曜日
通いかけていた新しい病院で言われたことと、訪問介護、訪問看護。
入院した次の日、入院するのは日生でよかったのかなぁと悩んで通いかけてた新しい病院に電話をかけてみた。
そうしたらそこで言われた言葉
まず、
「なんでうちに来ないんですか、腸閉塞くらいで死んだりしませんよ。タクシーでもなんでも呼んできたらよかったじゃないですか、で、そこから必要ならほかの病院紹介したりしましたよ」
たしかにそう簡単に腸閉塞では死んだりしないのかもしれない。(死にいたる場合もあるということだけども)でも、なんだかちょっと違うような気がする...。
そして、結局行ってもほかの病院に回されるんかーと思ったら行く意味ないような...。
で、ガチャ切りされた。
あの先生とてもいそがしいのはわかるんだけど、ガチャ切りするかな。
納得いかないのでもう一回掛け直した。
そしたら、
「うん、ひょっとしたらもう手遅れなんかもしれませんな。まぁ退院されてからこっちにまたこられてもいいですけれども。(次はTCの予定だった)」
手遅れってなんだー...。
なんだかこうもやもやっとした感じで電話をこれまたガチャ切りされて、そのあとはこちらもかけてない。
なんだかよくわからんなぁという感じで終わってしまった。
で、結局のところ日生でよかったんやろなってことにして、一ヶ月半ものんびり入院してしまったわけです。
入院生活は快適でしたー。
そして、一旦退院ということになって、訪問介護や訪問看護が必要になるだろうということで、訪問介護については自宅の一番近いところでかなり手広くやってるとことにお願いすることに。
訪問看護については、日生の外科の先生の知り合いのところにお願いすることになったんだけれども、ひとまず、退院となっても別に寝たきりというわけでもないから来ていただいても何もしてもらうことがない!
ので、つなぐだけつないでいただいて、必要になったらおねがいしますね!というつもりだったんだけれども、「断られた」って思われたみたいでどうしようかなーって。
断ったつもりは全然ないのですー。ただ、今は動けるから動けなくなったらよろしくねって思ってるんです。
セデーションもできるって聞いてるんで、最後はここにお任せします!って思ってます。
痛みのコントロール、よろしくです!
それがいつ来るかはわからないんですけどね。
そうしたらそこで言われた言葉
まず、
「なんでうちに来ないんですか、腸閉塞くらいで死んだりしませんよ。タクシーでもなんでも呼んできたらよかったじゃないですか、で、そこから必要ならほかの病院紹介したりしましたよ」
たしかにそう簡単に腸閉塞では死んだりしないのかもしれない。(死にいたる場合もあるということだけども)でも、なんだかちょっと違うような気がする...。
そして、結局行ってもほかの病院に回されるんかーと思ったら行く意味ないような...。
で、ガチャ切りされた。
あの先生とてもいそがしいのはわかるんだけど、ガチャ切りするかな。
納得いかないのでもう一回掛け直した。
そしたら、
「うん、ひょっとしたらもう手遅れなんかもしれませんな。まぁ退院されてからこっちにまたこられてもいいですけれども。(次はTCの予定だった)」
手遅れってなんだー...。
なんだかこうもやもやっとした感じで電話をこれまたガチャ切りされて、そのあとはこちらもかけてない。
なんだかよくわからんなぁという感じで終わってしまった。
で、結局のところ日生でよかったんやろなってことにして、一ヶ月半ものんびり入院してしまったわけです。
入院生活は快適でしたー。
そして、一旦退院ということになって、訪問介護や訪問看護が必要になるだろうということで、訪問介護については自宅の一番近いところでかなり手広くやってるとことにお願いすることに。
訪問看護については、日生の外科の先生の知り合いのところにお願いすることになったんだけれども、ひとまず、退院となっても別に寝たきりというわけでもないから来ていただいても何もしてもらうことがない!
ので、つなぐだけつないでいただいて、必要になったらおねがいしますね!というつもりだったんだけれども、「断られた」って思われたみたいでどうしようかなーって。
断ったつもりは全然ないのですー。ただ、今は動けるから動けなくなったらよろしくねって思ってるんです。
セデーションもできるって聞いてるんで、最後はここにお任せします!って思ってます。
痛みのコントロール、よろしくです!
それがいつ来るかはわからないんですけどね。
不安でしょうがない。
無事に先日堅信式を終え、信徒として認めてもらることになりました。(堅信式というのは、聖公会独特の儀式で、洗礼は受けたけれどもさらに堅くイエス・キリストを信じますという儀式なのです。教区の主教様しかできない儀式です。)
信仰をもつことで心は穏やかにやなるのですけれども、(死ぬというよりは、主のみもとに呼ばれるということだしね)死ぬことがこわいのではなくて、これからどうなっていくのかが見えないのが不安。
1ヶ月先の事がわからないのが不安。
動けているのか、動けていないのか。
病院で一ヶ月半いたせいもあるんだろうけども、入院する前数日前まで一人でUSJにいってパレードみてたのに、いまではちょっとそれができそうにない。入院中激やせしたせいなのか、(絶食半月っていうのもあったり、病院食は全部食べてもカロリーが低いのに、半分くらいしか食べられ無いというのもあったせいかもだけど)あの頃ほどちゃんと歩けない。
うーん。
信仰をもつことで心は穏やかにやなるのですけれども、(死ぬというよりは、主のみもとに呼ばれるということだしね)死ぬことがこわいのではなくて、これからどうなっていくのかが見えないのが不安。
1ヶ月先の事がわからないのが不安。
動けているのか、動けていないのか。
病院で一ヶ月半いたせいもあるんだろうけども、入院する前数日前まで一人でUSJにいってパレードみてたのに、いまではちょっとそれができそうにない。入院中激やせしたせいなのか、(絶食半月っていうのもあったり、病院食は全部食べてもカロリーが低いのに、半分くらいしか食べられ無いというのもあったせいかもだけど)あの頃ほどちゃんと歩けない。
うーん。
2014年12月28日日曜日
2014年12月7日日曜日
終末にあたって
さて、色々頑張ってきましたが、がんの勢いが一気に増していたみたいで、大腸を巻き込んでついに腸閉塞となりました。
そして入院、人口肛門の手術を受けました。
塞栓術を辞めてから2ヶ月でのことなので、塞栓術は効果があったのかも。しれませんねぇ。
こればっかりは予測でしかないっていうか。
そして、無治療の選択をついにする事になりました。
痛みやだるさをとって、普通の生活ができるようにする、緩和のみです。
亡くなる2日前まで仕事に行けてた人もいらっしゃるとか。
私もそんな感じで召されたいなと思っています。
と、いうことで、このブログはここで更新終了です。
あとはfacebookに相方に最後のメッセージを書いてもらうようお願いしています。
闘病中の皆さん。
皆さんの闘病が、良い方向に向かいますように。
2014年11月14日金曜日
2014年11月5日水曜日
脱毛その後と膀胱炎と杖デビュー
がっさー!と抜けているわけじゃないんですがパラパラと抜け続けてはおります。
でもね。
なんかこう、まとまりやすくなってきたんですよ。
頭のてっぺん薄くなってるかな?とおもったりしたんですが、たぶんそんなことないです。
なんかちょうど良くなってる感じ。
どんだけ髪の毛の量多いん?!
なんか今のスタイル気に入ってるんでしばらくこのままもうちょい薄毛になるまで放置しておこう。
ニューヅラは注文してるし。新しい無印のコットンワッチは手に入れたし。万全。
そしてまた、やってしもーた膀胱炎。
医療用麻薬使うと神経遮断しちゃうからいろんなところに麻痺がでて、膀胱は元々手術で神経切ってるところに持ってきてなので、膀胱炎にはすごくなりやすい。
この2ー3日また水分取る量減ってるなとおもってたらやっぱりな…と。
またもやしっかり水分取って出す!しか手がないので水分とっております。
前にもらった抗生剤が残ってたからそれは飲んでる。
それから、遂に杖デビュー!
痛い方の足、やっぱり神経遮断されてるから足、特に足先が上がりにくい。で、だんだんと歩きにくくなってきたので杖デビュー。ゆっくり歩いたら全く問題ないのだけど、痛みが取れたらサクサク歩こうとしちゃって、足がついていかないっていう。
でも、これもなにか手があるのか今度の緩和の時に先生に聞いてみよう!
2014年10月31日金曜日
2014年10月30日木曜日
治療その後
新病院に移っての治療ですが、
カンプト➕マイトマイシンで変わらず。
痛みの方も変わらずなので、きいているのかどうなのか?
不変も奏功とみなすなら、きいているのかもなぁとおもうんですけど、痛みのある身としては少しでも小さくなって痛みがなくなってくれると良いのになぁとおもいます。
そして、薬の量を段階的に増やしているそうで、この組み合わせでも脱毛ktkr。
また、ウィッグにお世話になるのかしら。まだ薄毛レベルですんではいますが。長いと抜けるのが煩わしい感じありますね。どうしようかな、また今のうちにバリカンいってしまおうかな?
今日はメインの病院でした。
便秘薬の治験を受けていることもあり、色んな薬はメインの病院で出してもらおうとおもって出してもらってます。
今回は大量増強のおくすりで、新病院病院の先生オススメの「人参栄養湯」を、主治医にいって出してもらうことにしました。
今は主治医には報告だけにきているようなもんなんだけれども、こういうくすりお願いすると急に
( `・ω・´)
みたいな顔になって、
ああ、この人は私にできることがないのをとても残念がって居てくれてるんだなって思います。
そして、この先生は、たとえ私がもはやなんの手立てもなくなったとしてもその時にできる限りの痛みをとったりするなどの治療をしてくれるんだろうなって気がしています。
最後はこの先生がいるから私はまだまだ戦える。
そんな気がしています。
先生、私まだまだ頑張るからね。
2014年10月10日金曜日
みなさん、ありがとう。
このあいだのとってもダークなブログ書いた後。
ほんとにあれやこれやの手で励ましてくれて、ありがとう。
口先だけの「あなたは一人じゃない」といはげましではない、なんとか気持ちを届けたいというのがヒシヒシつたわってきます。
私はいままでひとに対してこう言うことができてただろうか?
感謝とともにじぶんを振り返るたいせつなことばをたくさんいただきました。
ほんとうにありがとう。
この気持ちに応えるためには生きなきゃ、ですね。
カンプト➕マイトマイシン 二回目
メインは変わっていませんが、今日は治療の病院を変わってから2回目の治療でした。
前は血液検査をして結果がよくなかったら、積極的に治療しなかったんですが、今の病院は事前の血液検査を何度かして、輸血などの必要な処置をしてスケジュールどおり治療が進むようにしています。
かなりの攻め姿勢で、今までいろんな病院いきましたけど、どれもが守りの姿勢というか「治すぞ!」という意気込みの薄い治療だったという印象をうけました。
この抗がん剤は下痢以外の副作用があまりないので、がんばれそうです。
食欲も体重もじわじわと戻ってきています。
メインの病院では緩和に行くのがメインで婦人科は報告にいかだけなんですけど、いろいろ報告したり世間話したりするだけなのに主治医と話してると癒されます。
相談にものってくれるし、いよいよとなったら面倒みますから!といってくれてるのもこころ強いです。
最期はホスピスとおもっていてもすぐ入れるわけじゃないしね。
2014年10月5日日曜日
誰が無治療の選択をするか 2
前回メチャクチャダークな話しでごめんなさい。
私も彼の都合で「じゃあ死にます」とはなりたくないんで、喧嘩しました。
細かいことははしょりますが、彼曰く、「全部やめろとはいってない」
のだそうで、では、どの治療をやめればよいというのか?
わたしが受けてた治療は
・血管内治療
・免疫療法
そして、新たに茨木市の病院で全身療法である抗がん剤を始めたいと言って彼に相談してOKがでたので、一緒に診察をうけに行きました。
ちなみにどの治療もこんな治療があって、費用はこんなかんじなんだけども、どう思うか?と必ずしも治療を受ける前に相談しています。
そして、今回治療をやめて欲しいとなったわけなんですが、先に書いたように、どれをやめればよいとおもっているのか?
については、「俺は医者じゃないからわからない」そうで。
これは効果がなさそうだからやめよう、となるのは全くもって問題ないのてすが、効果があるかもしれないけど、お金がないかかるから止めて
というのはどうにも納得いかないというか。
彼自身の病気ならこんなことできるのかなー?とおもったりもします。
せめてもう少しわたしの治療についてどうあるべきかの議論てあっていいんじゃないの?とおもいます。
それにあたってはもう少しわたしの治療の結果について詳しく知りたいとか、検査の結果についてもう少し知りたいとかおもってくれてもいいんじゃないかな?とおもいますけど、相変わらず興味ないみたいなんで、どうしようもないです。
やめるにあたっては「あなたが、自分で選んだらいい」っていう相変わらずの投げやりスタンスどうにかして欲しいです。
これだと自分への責任てなにもないもんね。
彼曰く、「あなたの自由にさせてあげている」のだそうです。
そうなんだ。
友達の中には、しんどい治療をしているのを見ているのが辛いからじゃないの?と聞いてくれた子がいたんですが、残念ながら「生活もあるんだから考えて欲しい」という答えが返ってきました。
他の闘病ブログでご主人が必死になってるのを読んだりすると、うちの相方の冷たさにげんなりしますけれども、彼の思い通りになるのはいやなので、いろんな方法でいろんな人を味方につけながらやっていきたいとおもっています。
2014年10月2日木曜日
無治療の選択を誰がするか。
昨日からもう涙止まらない。
相方に「お金かかるから治療やめてほしい」って言われたよ。
もう2年にもなるから疲れるのはわかるよ。私も疲れたもん。
でも、ほかの闘病ブログとか読んでても、自分が辞めたいというのを家族が止めるっていうのはよくあるけど、家族が辞めてほしいっていってるのは見たことなかった。
そんな人もいるんや、とおもった。
「じゃあやめる。」
といったら、今度はそんなこといってないって。
どういうことか聞いたら
「生活があるんだから考えてほしい」って。
なにを?
どうやって?
治療始める前に、見つけた治療法と金額、相談してるよね?
で、保険の効かない治療についてはお金かかっちゃうけどっていったら「お金の問題じゃない」っていったよね。
そうやって、いつも人に責任押し付けて、自分は関係ないですってふりするの辞めてほしいです。
いいよね。
死ぬのも、痛みで辛いのも、治療が苦しいのも、あなたじゃないもん。
人生リセットしなさいって、神様が言ってくれてるのかな?っておもったりするんだ。
2014年9月7日日曜日
できないことを数えない
最近になって、は!と思ったこと。
いつだったか「元気になったらやろう」と思っていたら遅いからやりたいことは今すぐやろう!って書いたと思うんだけど、そこばっかりに集中しちゃうと「できないこと」を数えてしまって、落ち込むことがあるなぁって。
例えば、今食欲がおちていて、果物とか野菜の素焼きとか茹でたやつとか、麺類とかなら食べられるけども他のものは食べられないものがおおくて、友達とランチとかってなっても食べられないものしかなかったらどうしよう...とかおもって行くのを辞めたり、掃除もついついクイックルワイパーだけですませちゃったりとか、昔みたいに細々片付けることができにくくなってたり、そういうことを「できない」って数えて凹んじゃうんですよね。
多分、もっとわがままにあれこれ出来ないことを言わないとダメなんですよ。
それをつい我慢しちゃうんですよね。
家族にはそれしなくてよくなりました。
出来ないことや出来そうにないことは「無理無理!」っていえるようになりました。
それを次は友達等に、です。
実は今日は礼拝に行っていて、ちょっと特別な礼拝だったので礼拝のあと祝会があったんですよね。その祝会、オードブル形式だったらよかったのだけども、お弁当だったのでやっぱり食べられないものが多くて(なんとか半分くらいは無理矢理食べたんだけど)、ちょっと周りに気をつかってしまった。
礼拝に参加して祝会は遠慮すればよかったのかもなんだけど、祝会で聖歌隊として歌いたいっていう気持ちがあったから(むしろ祝会メインと言ってもよい!)祝会にも参加させてもらいました。
そういう場合病気のことを全員が知っている訳ではないし、いう必要もないかもだし、こういう時がいちばんこまるよねーとおもったりして。
治療が進んで状態が改善されれば、そんなことおもう必要もなくなるんだから!っておもって前向きに治療に臨もうと思います。
それまでは「出来ないことはしょうがない!」ってどんどんみんなに甘えていこうと思います。
いつだったか「元気になったらやろう」と思っていたら遅いからやりたいことは今すぐやろう!って書いたと思うんだけど、そこばっかりに集中しちゃうと「できないこと」を数えてしまって、落ち込むことがあるなぁって。
例えば、今食欲がおちていて、果物とか野菜の素焼きとか茹でたやつとか、麺類とかなら食べられるけども他のものは食べられないものがおおくて、友達とランチとかってなっても食べられないものしかなかったらどうしよう...とかおもって行くのを辞めたり、掃除もついついクイックルワイパーだけですませちゃったりとか、昔みたいに細々片付けることができにくくなってたり、そういうことを「できない」って数えて凹んじゃうんですよね。
多分、もっとわがままにあれこれ出来ないことを言わないとダメなんですよ。
それをつい我慢しちゃうんですよね。
家族にはそれしなくてよくなりました。
出来ないことや出来そうにないことは「無理無理!」っていえるようになりました。
それを次は友達等に、です。
実は今日は礼拝に行っていて、ちょっと特別な礼拝だったので礼拝のあと祝会があったんですよね。その祝会、オードブル形式だったらよかったのだけども、お弁当だったのでやっぱり食べられないものが多くて(なんとか半分くらいは無理矢理食べたんだけど)、ちょっと周りに気をつかってしまった。
礼拝に参加して祝会は遠慮すればよかったのかもなんだけど、祝会で聖歌隊として歌いたいっていう気持ちがあったから(むしろ祝会メインと言ってもよい!)祝会にも参加させてもらいました。
そういう場合病気のことを全員が知っている訳ではないし、いう必要もないかもだし、こういう時がいちばんこまるよねーとおもったりして。
治療が進んで状態が改善されれば、そんなことおもう必要もなくなるんだから!っておもって前向きに治療に臨もうと思います。
それまでは「出来ないことはしょうがない!」ってどんどんみんなに甘えていこうと思います。
新しい病院に行ってきました
先日書いた新しい病院に行ってきました。
院長先生の診察だったのですが、開口一番
「あなた、うちにくる患者さんのなかでは初期ですよ!うちにくるのは棺桶に片足つっこんだような人ばっかりです。子宮頸癌や卵巣がんでは滅多なことでは死にません!あなたみたいな人がくることもあるんですねぇ」
って。
そうなの?!
とりあえず、今までの治療についてはダメだしがいっぱい。(o´∀`;o)aポリポリ
とはいえ、私がひょっとしたらー?と思っていたようなことだったので、やっぱりねーとおもいつつかなり納得。
「あなたの状態だといますぐ抗がん剤治療を始めた方がよい、抗がん剤はカンプト+マイトマイシン。リンパなので抗がん剤効きにくいけどカンプトはTCよりもよく効く可能性がある。もし、これでだめなら大腸がん用のを使った方がよいかもしれない。他にも経口(多分TS-1?)もあるし。
血管が出にくくなってるようだからポート入れましょう。
その前にPET-CT撮ってきて。他にないかどうかも確認してから治療しましょう」
ってことで、サクサクとスケジュールが組まれて次の治療へ向かっております。
今のメインの病院の「どうしますー?」というような悠長な感じはまったくなくて、俺についてこい!的な強烈な先生でございました。
極めつけが
「僕が最初からみてるこのガンの患者さんで死んだ人いないから。最近は尻拭い(途中転院してきた人のことだね)させられてるから時々死ぬけどね!」
うわー、すげー、この自信。
なので、聞いてみました。
「先生、私治りますか?」
「まぁ、やってみないとわかんないよ!」
あ、そうでっかー。(o´∀`;o)aポリポリ
とりあえずはがんばってみまーす。
院長先生の診察だったのですが、開口一番
「あなた、うちにくる患者さんのなかでは初期ですよ!うちにくるのは棺桶に片足つっこんだような人ばっかりです。子宮頸癌や卵巣がんでは滅多なことでは死にません!あなたみたいな人がくることもあるんですねぇ」
って。
そうなの?!
とりあえず、今までの治療についてはダメだしがいっぱい。(o´∀`;o)aポリポリ
とはいえ、私がひょっとしたらー?と思っていたようなことだったので、やっぱりねーとおもいつつかなり納得。
「あなたの状態だといますぐ抗がん剤治療を始めた方がよい、抗がん剤はカンプト+マイトマイシン。リンパなので抗がん剤効きにくいけどカンプトはTCよりもよく効く可能性がある。もし、これでだめなら大腸がん用のを使った方がよいかもしれない。他にも経口(多分TS-1?)もあるし。
血管が出にくくなってるようだからポート入れましょう。
その前にPET-CT撮ってきて。他にないかどうかも確認してから治療しましょう」
ってことで、サクサクとスケジュールが組まれて次の治療へ向かっております。
今のメインの病院の「どうしますー?」というような悠長な感じはまったくなくて、俺についてこい!的な強烈な先生でございました。
極めつけが
「僕が最初からみてるこのガンの患者さんで死んだ人いないから。最近は尻拭い(途中転院してきた人のことだね)させられてるから時々死ぬけどね!」
うわー、すげー、この自信。
なので、聞いてみました。
「先生、私治りますか?」
「まぁ、やってみないとわかんないよ!」
あ、そうでっかー。(o´∀`;o)aポリポリ
とりあえずはがんばってみまーす。
2014年9月5日金曜日
5回目の動注と新しい病院
5回目動注いってまいりましたが、大きさは不変。
不変なら命の別状ないので細く長くやっていきましょう!ということで6回目が10月に決まりました。
しかし、微妙にこの痛いのがなんともーなのでできれば小さくなってほしいなぁ。
とおもっています。
痛いわ食欲落ちるわでQOL下がりまくりなんでー。
やっぱり普通に生きたいです。
これさえなければ腫瘍はあっても生活楽しめる!
そこ、そこだけなんですー。
そして、あらたな病院を開拓したので行ってきます。
サンタマリア病院
ここは
再発卵巣癌・再発子宮癌に対するテーラーメード治療を提案してくださるそうで、今の私のやっている治療に何か追加できそうな良さそうなものがあるか相談してこようと思っています。
卵巣がん、子宮がんではめったなことで死なない!という
http://ganwokataru.web.fc2.com/20110716.pdf
講演をされたりしていてかなり期待できそうです。
院長先生は
http://kaken.nii.ac.jp/d/r/80275255.ja.html
こんな方。
卵巣がん、子宮がんではめったなことで死なない!という
http://ganwokataru.web.fc2.com/20110716.pdf
講演をされたりしていてかなり期待できそうです。
院長先生は
http://kaken.nii.ac.jp/d/r/80275255.ja.html
こんな方。
2014年8月19日火曜日
4回目の動注評価
いって参りましたー!
結果発表どどん!
......と。
ここの担当医、待合室で待っていると先生本人が診察室から顔だして呼んでくれるんですが、そのときの表情でだいたいいいか悪いかがわかるんですよね。
今回はまずまずの表情だったんで、お?とおもって診察室の椅子にすわったとたんに
「ちょっと気になることが....」
って、えええー!なになに?!なんなの?!ご新規様出現なの?!
「とりあえず画像みながらお話しましょう(ドキドキ)。大きさは変わっていませんが全体的に前と比べて染まりが薄くなっていて、ところどころ黒くなっているので、治療は効果ありとおもっていいとおもいます。ただ、S字結腸に近い部分なので、今回使った薬はきつい薬なので腸までいってしまったら膿みがでたりすることがあるんです。血便がでたりなどはないですか?」
気になることってそれ!?
なんだー。それかー。たしかに腸にいくとこの治療できないからヤバいんではありますけれども、それはないです。
運よくというかなんというか、実は医療用麻薬を使っているおかげで便秘がひどく、その便秘解消のための薬の治験を受けておりまして、腸のレントゲンもこの間とってもらって腸には異常ないというのを確認してもらっているのです。
そのことも話して、次回も同じ薬でいきましょうとなりました。腸の方に薬がいかないようにしっかりみながら次は治療していきます。とのことでした。
はっきりはいえないけれども、血管がかなり細く、薄くなっているので、腫瘍の活動もおさえられているのでは?と考えられると。
実際のところはおなかあけてみないとわからないけどねーと。(そりゃそうだ)
とにかくよい方向には進んでいるので、このまま細く長くいきましょう!となりました。
今は大きさは不変なので神経を押している痛みはおなじですけれども、このままいけば縮小して痛みもなくなるでしょう!
やったね!
結果発表どどん!
......と。
ここの担当医、待合室で待っていると先生本人が診察室から顔だして呼んでくれるんですが、そのときの表情でだいたいいいか悪いかがわかるんですよね。
今回はまずまずの表情だったんで、お?とおもって診察室の椅子にすわったとたんに
「ちょっと気になることが....」
って、えええー!なになに?!なんなの?!ご新規様出現なの?!
「とりあえず画像みながらお話しましょう(ドキドキ)。大きさは変わっていませんが全体的に前と比べて染まりが薄くなっていて、ところどころ黒くなっているので、治療は効果ありとおもっていいとおもいます。ただ、S字結腸に近い部分なので、今回使った薬はきつい薬なので腸までいってしまったら膿みがでたりすることがあるんです。血便がでたりなどはないですか?」
気になることってそれ!?
なんだー。それかー。たしかに腸にいくとこの治療できないからヤバいんではありますけれども、それはないです。
運よくというかなんというか、実は医療用麻薬を使っているおかげで便秘がひどく、その便秘解消のための薬の治験を受けておりまして、腸のレントゲンもこの間とってもらって腸には異常ないというのを確認してもらっているのです。
そのことも話して、次回も同じ薬でいきましょうとなりました。腸の方に薬がいかないようにしっかりみながら次は治療していきます。とのことでした。
はっきりはいえないけれども、血管がかなり細く、薄くなっているので、腫瘍の活動もおさえられているのでは?と考えられると。
実際のところはおなかあけてみないとわからないけどねーと。(そりゃそうだ)
とにかくよい方向には進んでいるので、このまま細く長くいきましょう!となりました。
今は大きさは不変なので神経を押している痛みはおなじですけれども、このままいけば縮小して痛みもなくなるでしょう!
やったね!
2014年8月16日土曜日
神のなさる事は、すべて時にかなって美しい
今日ほんとうに偶然に長年の友達に会うことができました。
と、いっても春にもあっているのだけれども、複数人で会ったので深い話等せず分かれたのですが、 今回は二人ということもあってかなり深ーい話をいたしました。
あー、なんだか闘病ブログじゃなくて宗教ブログになっていきそうなーW
そう、ほんとに偶然にその子は数年前に洗礼を受けたそうで、私が聖歌隊に入っているっていうのをきいて聖公会ってどんなところ?って興味があったそう。
で、たまたま最近闘病と免疫力とイェスの愛について書くことが何度かあったんだけれども、それを読んでくれてこんな話を私としてみたいと思ってくれたみたい。
ありがとー。
そして、彼女が私のためにお祈りしていてくれたこともききました。
ありがとー。
もうね。なんだろう。帰り道思い出しながら帰っていて泣きながら自転車に乗る怪しい人になってました(苦笑) でもね。ほんとにうれしかった。 私、大事に思われているんだ!そう思うだけで心が温かくなって、うれしくなって、涙が出てくる。 うれしければただニコニコしてるだけでいいじゃん!って思うんだけど、なんだろうねぇ、涙が流れるんですよ。
そしてね、彼女と「赦す」ということの難しさを話していたんだけれども、彼女はほんの小さなことからやっているっていってどんなことをしているかを話してくれたんです。
確かにほんのちいさなこと。そのことをきいたとき、私も「それでいいんじゃないかなー」ってうなずきながらきいていたんだけれども、帰りの電車のなかでその話をふと思い出し、自分の身に置き換えてみたとき、ああ、私はあれほど赦せないと思っていた妹を既に赦しているっておもった。彼女も彼女の赦せない人をもはや赦しているって。
赦すってすべてを受け入れて近くにいるっていうイメージがありますけど、そうじゃなくて、相手を受け入れて遠くに離れているっていうのでもいいんじゃないかって。 受け入れるっていうのも、別にすべてを受け入れる必要ないんじゃないかな。 あの人はそういう人だっておもって、その赦せない部分を神に向かって祈り、手放していくことをしていくだけでも受け入れていることになるんじゃないのかな。
そうしておもえば、もう私たちは赦せないと思っていた人をすでに赦してるんじゃないかなって思ったんです。
そしたらまた思い悩んでいたことがなくなって気持ちがかるーくなりました。
気づかせてくれてありがとう。
今日こうやってこんな話ができたのも神のみ業なのかな?と思いました。
まさに
「神のなさる事は、すべて時にかなって美しい」
何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時。
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時。
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時。
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時。
求める時、失う時
保つ時、放つ時。
裂く時、縫う時
黙する時、語る時。
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。
人が労苦してみたところで何になろう。
わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。
「コヘレトの言葉3章1~11節」
私は知った
人間にとって最も幸福なのは 喜び楽しんで一生を送ることだ、と。
人だれも飲み食いし
その労苦によって満足するのは 神の賜物だ、と。
「コヘレトの言葉3章12~13節」
と、いっても春にもあっているのだけれども、複数人で会ったので深い話等せず分かれたのですが、 今回は二人ということもあってかなり深ーい話をいたしました。
あー、なんだか闘病ブログじゃなくて宗教ブログになっていきそうなーW
そう、ほんとに偶然にその子は数年前に洗礼を受けたそうで、私が聖歌隊に入っているっていうのをきいて聖公会ってどんなところ?って興味があったそう。
で、たまたま最近闘病と免疫力とイェスの愛について書くことが何度かあったんだけれども、それを読んでくれてこんな話を私としてみたいと思ってくれたみたい。
ありがとー。
そして、彼女が私のためにお祈りしていてくれたこともききました。
ありがとー。
もうね。なんだろう。帰り道思い出しながら帰っていて泣きながら自転車に乗る怪しい人になってました(苦笑) でもね。ほんとにうれしかった。 私、大事に思われているんだ!そう思うだけで心が温かくなって、うれしくなって、涙が出てくる。 うれしければただニコニコしてるだけでいいじゃん!って思うんだけど、なんだろうねぇ、涙が流れるんですよ。
そしてね、彼女と「赦す」ということの難しさを話していたんだけれども、彼女はほんの小さなことからやっているっていってどんなことをしているかを話してくれたんです。
確かにほんのちいさなこと。そのことをきいたとき、私も「それでいいんじゃないかなー」ってうなずきながらきいていたんだけれども、帰りの電車のなかでその話をふと思い出し、自分の身に置き換えてみたとき、ああ、私はあれほど赦せないと思っていた妹を既に赦しているっておもった。彼女も彼女の赦せない人をもはや赦しているって。
赦すってすべてを受け入れて近くにいるっていうイメージがありますけど、そうじゃなくて、相手を受け入れて遠くに離れているっていうのでもいいんじゃないかって。 受け入れるっていうのも、別にすべてを受け入れる必要ないんじゃないかな。 あの人はそういう人だっておもって、その赦せない部分を神に向かって祈り、手放していくことをしていくだけでも受け入れていることになるんじゃないのかな。
そうしておもえば、もう私たちは赦せないと思っていた人をすでに赦してるんじゃないかなって思ったんです。
そしたらまた思い悩んでいたことがなくなって気持ちがかるーくなりました。
気づかせてくれてありがとう。
今日こうやってこんな話ができたのも神のみ業なのかな?と思いました。
まさに
「神のなさる事は、すべて時にかなって美しい」
何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時。
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時。
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時。
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時。
求める時、失う時
保つ時、放つ時。
裂く時、縫う時
黙する時、語る時。
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。
人が労苦してみたところで何になろう。
わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。
「コヘレトの言葉3章1~11節」
私は知った
人間にとって最も幸福なのは 喜び楽しんで一生を送ることだ、と。
人だれも飲み食いし
その労苦によって満足するのは 神の賜物だ、と。
「コヘレトの言葉3章12~13節」
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